あなたの大切なウールのセーターや、高級なカシミヤのコートに、無残な穴を開ける犯人。その最有力容疑者が、「カツオブシムシ」です。この虫の被害を正しく理解するためには、その一生と、私たちの家に侵入してから被害をもたらすまでの、一連のドラマを知る必要があります。まず、多くの人が誤解しているのが、その姿です。私たちがクローゼットの中で発見する、毛深いイモムシのような姿は、実は彼らの「幼虫」期です。全ての物語の始まりは、その親である「成虫」から始まります。カツオブシムシの成虫は、体長2~4ミリ程度の、テントウムシを小さくしたような、丸くて硬い甲虫です。種類によっては、黒や茶色のまだら模様があります。この成虫は、実は屋外で花の蜜などを吸って生活しており、直接衣類を食べることはありません。彼らの使命はただ一つ、子孫を残すことです。春から初夏にかけて、屋外で交尾を終えたメスの成虫は、産卵場所を探して飛び回ります。そして、開いた窓や洗濯物を通じて、私たちの家に侵入してくるのです。家の中に侵入したメスは、その優れた嗅覚を頼りに、幼虫の餌となる場所を探し出します。彼女たちのお目当ては、動物性のタンパク質である「ケラチン」です。これは、ウールやカシミヤ、シルク、あるいは毛皮や革製品の主成分です。メスは、クローゼットやタンスの奥深く、暗くて人目につかない場所に潜むと、これらの高級素材に、数十個の卵を産み付けます。数週間後、卵から孵化したのが、あの毛深い幼虫です。彼らは、何か月、場合によっては一年以上もの長い期間をかけて、ゆっくりと衣類の繊維を食べて成長していきます。そして、私たちがその被害に気づくのは、翌年の衣替えの季節、というわけです。つまり、成虫の侵入を許した時点で、すでに時限爆弾のスイッチは押されているのです。全ての元凶である成虫の、春先の侵入をいかに防ぐか。それが、カツオブシムシとの戦いにおける、最も重要な戦略となります。
服を食べる虫の正体No.1「カツオブシムシ」の一生と侵入劇