紙を愛し、書物を慈しむ人々にとって、本棚の奥底で音もなく活動する銀色の影ほど不気味な存在はありません。その正体は「シミ(衣魚)」と呼ばれる昆虫であり、数億年前からその姿をほとんど変えずに生き残ってきた「生きた化石」でもあります。シミが紙を食べる虫として恐れられる最大の理由は、その驚異的な生命力と、私たちの知的な財産である書物を物理的に削り取っていく食性にあります。紙の主成分であるセルロースそのものも彼らの栄養源となりますが、彼らがより好んで狙うのは、古い書籍の製本に使われている澱粉糊や、紙の表面を滑らかにするための加工剤です。シミに喰われた本をよく観察すると、ページの一部がまるでやすりで削られたように薄くなっていたり、複雑なレース状の穴が開いていたりするのが分かります。これは彼らが一度に大量に食べるのではなく、夜な夜な現れては表面を少しずつかじり取っていくためです。シミの体は非常に平らで、本のわずかな隙間や、本棚と壁の間に容易に潜り込むことができます。また、彼らは非常に長寿であり、昆虫としては異例の七年から八年も生きることがあり、さらに驚くべきことに、水さえあれば一年近くも絶食して耐えることができるほど飢餓に強いのです。このため、一度部屋の中に定着してしまうと、単なる表面的な掃除だけでは根絶が極めて困難になります。被害を食い止めるためには、彼らが好む「高温多湿」で「静かな」環境を打破しなければなりません。シミは光を嫌うため、定期的に本を棚から出し、日光には当てずとも明るい風に当てる「虫干し」を行うことが、彼らの生息サイクルを狂わせる最も有効な手段となります。また、シミは段ボールを非常に好みます。段ボールの波状の隙間は彼らにとって最高の隠れ家であり、断熱性も高いため、大切な本を段ボール箱に入れて押し入れに放置することは、自らシミに餌場を提供しているようなものです。大切な蔵書を次世代へと引き継ぐためには、化学的な防虫剤の使用も一つの手ですが、何よりも日頃からの徹底した清掃と、彼らの隠れ場所を作らないという管理意識が、この銀色の侵入者との戦いにおける最強の武器となるのです。
古書を愛する人々を悩ませる紙を食べる虫の代表格シミの生態