それは、在宅勤務が続き、自炊の機会が増えた、ある夏の日のことでした。夕食のためにパスタを茹でようと、キッチンの戸棚から乾燥パスタの袋を取り出した瞬間、私は言葉を失いました。袋の中に、無数の赤褐色の、ゴマ粒のような虫がうごめいていたのです。そして、袋には、まるで機関銃で撃たれたかのように、小さな丸い穴がいくつも開いていました。シバンムシです。その名前と、乾物を食い荒らすという生態は、知識として知っていました。しかし、まさか、清潔にしているつもりの我が家のキッチンで、これほどおぞましい光景を目の当たりにするとは、夢にも思っていませんでした。パニックになった私は、震える手で、戸棚の中にある他の食品を片っ端から点検し始めました。そして、次々と絶望的な発見をすることになります。封を切ったばかりの強力粉の袋、買い置きしていた素麺、そして、愛犬のためにストックしていたドッグフードの袋の中まで、全てが同じ小さな侵略者たちによって汚染されていたのです。原因は、すぐに分かりました。戸棚の一番奥で、存在すら忘れかけていた、数年前に購入したハーブティーの古い紙箱。それこそが、全ての元凶、発生源でした。箱は穴だらけで、中身は粉々になり、そこから這い出したシバンムシたちが、私のキッチン全体を汚染していったのです。その日の夜、私は半泣きになりながら、大量の食品をゴミ袋に詰め込み、戸棚の中を空にして、掃除機をかけ、アルコールで何度も拭き上げました。経済的な損失もさることながら、食の安全が根底から覆されたことによる精神的なショックは、非常に大きなものでした。この一件以来、我が家の食品管理ルールは、劇的に厳しくなりました。どんな乾燥食品も、買ってきたらすぐに中身を確認し、密閉容器に移し替える。そして、「いつか使うだろう」という安易なストックは、もう二度としない。あの小さなゴマ粒たちは、私に食品を管理することの責任の重さを、骨の髄まで教えてくれた、忘れられない教師なのです。